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ハンス・ケルゼン、「民主制の擁護」(1932年) [憲法改悪阻止]

ふとん専用本で読んでいましたハンス・ケルゼンの民主主義の本質と価値 他一篇 (岩波文庫) の他一篇にあたるのが、「民主制の擁護」で比較的短いので、タイピングいただいてるページからコピーさせていただきました。
書かれた時期がナチスがワイマール憲法を無力化してきたころで、今の日本に非常に参考になります。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/9399/newpage26.htm

ハンス・ケルゼン、「民主制の擁護」(1932年)


  一

 第一次世界大戦の酷烈な戦時下において、恐怖の現状に耐うべき心の支えを求めて未来に心を託そうとしたとき、よりよき政治的未来に期待をかけようとしたとき、念頭に浮かんだものがまさに民主制の実現であった。大戦が敗北をもって終結した際に、大多数のドイツ人は一致して民主的共和国という政体を選んだ。この確信の記念碑がワイマール憲法である。

 この憲法は、歴史上最も自由な憲法であるとされた。そしてそれは正しい。蓋しそれは世界中で最も民主的な憲法だからである。国民にこれ程多くの権利を与えている憲法は例をみない。その第一条は「全権力は国民に発する」と謳っているが、全内容がこれ程この原則に適合している憲法は他にない。ニーチェは国家を「新たな偶像」「最も冷血な冷血の怪獣」とよび、この国家に「我は国民なり」と叫ばせており、この言葉は他の場合にもあてはまるかも知れないが、この憲法においても嘘ではない。なぜならドイツ国家は実際にドイツ国民になったからである。

 ところが、あのワイマールにおける歴史的憲法制定から僅々一〇年を経たばかりの現在、国民から疎外されることかくの如く甚だしい憲法、多くの国民よりかくまでに冷淡無関心に接せられ、更に多くの国民よりかくまで甚だしき憎悪と侮蔑をもって迎えられている憲法はない。これあたかも、ドイツ人はかつて自らに与えた自由をもはや欲しなくなったかのようだ。

 かつて照りかがやいていた自由の理念の光が消えうせようとしているのはドイツ国民においてのみではない。民主制の理念は色褪せ、この現代の暗き地平に新たな星が昇りはじめた。この星の血腥い光が大衆を照らす時、彼等は跪坐してこれをおろがむ。この星とは、独裁の星である。民主制は、この独裁を旗幟に掲げた二つの勢力の攻撃の前に、二正面作戦を強いられている。即ちいよいよ拡大し、いよいよ広範な労働者層を把握しつつある極左のボルシェヴィズムの、そして極右のファシズム、あるいはドイツでのナチスの。ナチ党はドイツで他の政治組織に例をみない勢いで拡大しており、現在すでにブルジョアジーの大部分を掌握してしまった。この両反民主主義運動の志向する目標は何か。プロレタリア独裁は、この独裁のもたらすべき経済政策・文化政策上の帰結が明瞭であるのに対し、他方のファシズム、少なくともドイツのファシズムに関しては、明瞭なのは、民族主義と社会主義の奇異で矛盾にみちた混淆物たるイデオロギーのみで、そのイデオロギーの背後に樹立さるべき現実の独裁がどのようなものであるかといえば、今の所それは形式にすぎず、その指導者たちでさえその形式をみたすべき内容については確固たる観念を全然もっていないようにみえる。この独裁の形式の苛酷さが唱導されればされる程、それが結局いかなる利益のために行使されるのかはいよいよ不明瞭となる。誰がこの闘争において勝利を占めるか、その勝利は一時的なものか永続的なものかはわからない。ただ一つはっきりしていることは、右翼が勝とうと左翼が勝とうと、勝利の軍旗は民主制の墓所の上に立てられるであろうということである。

 この現実的社会勢力としての政治集団間の闘争に対応して、精神の闘争も展開されている。社会理論の領域、実はこの領域の大部分を占めているのは政治的イデオロギーなのであるが、この領域において、民主制の価値への評価は過去一〇年間に驚くべき急変を示した。民主制に長所を見出そうとする理論家の数はいよいよ先細りとなった。そればかりか民主制の本質を客観的に認識しようとする者の数も一層著しく減少してしまった。今日公法学界・社会学界においては、民主制を侮蔑の言をもって律し去ることがほとんど常識と化し、直接間接の独裁制を新時代の曙光として迎えることがモダンなこととみなされている。この「学問上」の態度の変化は哲学戦線における変遷と手を携えている。即ち今日浅薄なものとして罵られる経験的・批判的合理主義の明晰さを捨てて、深遠なものとされる形而上学の隠微な世界、朦朧たる非合理的なものの崇拝への回帰の運動と。古来かかる特殊な雰囲気の中で諸々の形態の専制制が最も繁茂したのであった。「合理主義から形而上学へ」、これこそ現代の合言葉である。

 それ故にこそまさにこの時点において、諸々の政治的イデオロギーの蒙昧さにとらわれていない少数者が、現在このように誹謗されている民主制の真の本質と価値を反省し、人々に先に立たぬ後悔をさせないために、この擁護のために立ち上がることは、二重の意味で未曾有の緊要事である。もっともこうすることによって民主制の喪失を裂けうる見込みが大いにあるという訳ではないが。-現在の民主主義者は重症患者の診療にあたる医師のようだ。蘇生の見込みは殆どないが、それ故にこそ早急な処置を迫られているのである。-仮に民主主義救済の見込みが全くなくなったとしても、なお民主主義への帰依を表明することは全民主主義者の義務であろう。なぜなら思想への忠誠は時にその実現のチャンス如何に拘らないものであり、また思想に報いんとする意思は時にその実現可能性が葬り去られた後にも、その墓を越えて存在するものだからである。

 左右より提起されている不当な非難に対し民主制を擁護すること、これこそこのような忠誠を示し、この思想に報いる最善の途である。


  二

 「平等原則を説く民主制のもたらしたものは、形式的・政治的平等にすぎず、実質的・社会的平等ではない。それ故それは政治的民主制ではあっても社会的民主制ではない。従ってその国家はブルジャワジーの国家であってプロレタリアの国家ではなく、ブルジョワジーによるプロレタリア搾取の政治形態にすぎない」、社会主義の側からの民主制批判の最も重大なもの、否一般に民主主義批判の中で最も重大と思われるものはこう主張する。これに対して「正しき意味での民主主義の意図するところは平等よりむしろ政治的自律という意味での自由の実現にある。ドイツにおいてはそのような真の民主主義は完全に実現されており、それ以上のものを求めるのは無いものねだりだ」とか、「国家機構の民主化の進行につれて社会政策的諸原則は立法・行政に入り込み、無産階級のためのものと化して行くであろう」と答えるのは的を得ていない。むしろこれまでのところ民主制は基本的にはブルジョワ民主制の域を出でず、この政体の中で資本主義体制は維持され、社会主義は実現されていないことは率直に認めなければならない。だがどうしてそうなのか。それは民主制の責任(ある人々にとっては功績であろうが)なのか。否。社会主義が未だ実現していないことを民主制の責任に帰するのは、経済的窮乏を敗戦でなくワイマール体制の責任とする批判に劣らず近視眼的で皮相である。民主制がブルジョワ資本主義的民主制に留まっている理由は、社会主義を志向するプロレタリアがまだ国民の多数を占めていないところにある。そして多数を占めえない理由は政体如何の問題を超えたものである。しかしプロレタリアが現実に達成したこと、階級としての政治的地位、政治勢力としては少数者であり、かつドイツにおいてはそれが二政党に分かれているにも拘らず、なお国家意思の形成に対して有する強大な発言力、これらのものは、民主制、主としてブルジョワジーによって創出された民主制なしには不可能であったであろう。

 共産党は民主制を誹謗し、プロレタリアのそれへの信頼を失墜させ、彼等の内面を独裁制向きに改造しようとしているが、彼等はその際民主制こそプロレタリアの政治的向上にふさわしい政体だということを忘れているか敢て否認するものかの何れかである。このプロレタリアの向上は、ブルジョワジーが自らのためにのみ民主制をかち取ったのではない。彼等は同時に所謂第四階級に政治発展の可能性を創出し、かくてブルジョワ資本主義の経済体制に敵対する社会主義に実現にとって最も重要な前提を創出したのであった。

 しかし、少なくともこれまでの事態をみる限りでは、民主制によって社会主義プロレタリアの終局的な権力掌握が可能になるとは思われない。マルクス主義的社会主義政党が分裂している理由もまさしくそこにある。共産党と社会民主党が分かれているのも、基本的に後者が民主制を固持しているにのに対し、前者は民主制をもはや社会主義実現に適した政体ではないとして捨ててしまったことによる。マルクスやエンゲルスは、多少の動揺と曖昧さにも拘らず、なお結局プロレタリアは民主制への闘いに立ち上がるべきだと説き、過渡期のプロレタリア支配の国家を民主制の国家と考えていた。彼らがそう考えたことの理由は、所謂窮乏化理論によって、プロレタリア、しかも階級意識と社会主義的心情を有するプロレタリアが必然的に民衆の圧倒的多数を占める筈だと信じていたからである。どうもこれは思い違いであったようだ。その思い違いは、プロレタリアの広汎な層が極貧者と極富者の中間に介在しているという経済構造についての認識不足にもあるが、またプロレタリア化、ないし半プロレタリア化したブルジョワジーの陥る心理的状況に関する認識不足にもある。すなわち彼等はその心の支えを新たな階級意識の矜持に求めず、社会主義イデオロギーでなく、民族社会主義イデオロギーに求めたのである。彼等は経済上不可避のプロレタリア化を、ヒロイズムとロマンティシズムの精神態度によって心理的に補償しようとしているのである。この新たなプロレタリアも民主制に背を向ける。共産主義者は社会主義の実現を欲するが故に反民主主義者となったが、彼等[=新しいプロレタリア=ファシスト]は逆にそれを欲しないために反民主主義者となったのである。彼等の果たしている役割は、現存するブルジョワジーたる大ブルジョワジーの政治的努力の補強である。この大ブルジョワジーもまた、あらゆる阻害状況にも拘らず高潮を続ける社会主義の波に対し資本主義体制を擁護するにあたって、民主制は確乎たる障壁になりそうもないので、民主制を見捨てたのである。

 この民主制からの脱却という傾向の意味するところは、要するに民主制という政体は一党派の決定的勝利、相手党派の撲滅を目指す階級闘争にはふさわしくないことを示しているところにある。蓋し民主制とは社会平和、対立の調整、中間線における相互理解の政体だからである。ドイツ国民の統一を致命的に引き裂く恐るべき階級対立の途、血腥い革命の破局への途を避けこの対立を平和的に解決しうる途がありうるとすれば、それこそ民主制の途にほかならない。しかしこの途は平和及び平和の対価を欲しない人々、即ち妥協を欲しない人々のとらないところである。


  三

 右翼陣営は民主制を何と批判しているのか。そこに見出されるのは、多種多様で矛盾にみちた議論であるが、その最も通俗的な議論の一つは「民主制は腐敗の培養基だ」というにある。ところが実際にはこの弊害は専制制において民主制に劣らず多いのである。ただ専制制においては、国家権力に都合の悪いことは一切隠蔽するという原則が支配しているために、眼にみえないだけのことである。それに対し民主制の特質は公然性の原則であり、腐敗が眼につき易いのである。まさしくあらゆる弊害が白日のもとに曝されるからこそ、その是正が行われることが保障されるのである。この民主制腐敗培養基論に劣らず頻繁に批判として唱えられるのが、無規律、特に軍隊が腰抜けになり、外交が弱腰になるということである。これはまことに民主制の中枢神経に関する批判のようにみえるが、歴史に徴してみると根拠薄弱である。世界大戦において、外交上・軍事上民主主義諸国が示したところをみよ。

 独裁制論者が理論上民主制批判論として繰り返し唱えてきた主要な議論は「民主制の基本原理たる多数決原理は、内容上正当な団体意思の形成を全く保障えない」ということにある。「多数決により創造された秩序は、それが善いものだという保障は全ない。何故なら多数決原理は意思形成の方法にすぎず、その意思によりいかなる内容を定むべきかを示さないからである。それ故多数決ではなく、最善者の支配によるべきである」というのである。この議論はプラトン以来反民主主義論がくりかえし説いてきた定式であるが、よりよき代案を示すことはできない。この定式はその破壊力においては魅力的であるが、積極的には何ものべていない。蓋し最善者が支配すべきだいうのは理の当然である。最善者が支配すべきだとは、社会秩序が正しき最善の内容をもつべきだとの意味であろうが、それに反対する者はどこにもない。問題は「何が正か、正はどこにあるか、誰が最善者か、最善者のみが支配者となり、悪の攻撃に対し支配権を維持することが絶対的に保障されるような方法と何か」にある。反民主主義もまた、社会理論上も社会実践上も決定的なこの問いに対し何の答えも用意していない。彼等は指導者による救済を待望しているのだ。しかし、民主制においては指導者は選挙という白日公然の、コントロール可能な手続きを通じて創出されるが、専制制における指導者の創出は神秘で不明瞭な世界に隠されている。社会的奇蹟信仰が合理的方法に取って代わったのだ。神寵を享け、善を知り欲する指導者の存在は理屈抜きに前提されているのである。これでは組織の社会技術的問題は何ら解決されていず、ただずらされ、イデオロギー的に隠蔽されているにすぎない。しかし現実の独裁制において行われているところによれば、それを決するものは権力であり、最善者とは他者を屈服せしめうる者にほかならない。「最善者のみが支配権を有する」という定式の背後に潜むものはせいぜい無批判的で奇蹟信仰的な権力崇拝に他ならない。

 この最善者支配論に依拠しつつ「すべての問題、あるいは重要問題の決定は専門家に委ねるべきだ」と説かれるのが常である。これとの関連で職能制対民主制という対置が置かれる。最広義における技術的問題が多数決のみによっては解決されえないということは全く正しいが、民主制原理と専門的職能とを本質的対立物と考えることは全く正しくない。第一に、遺憾ながら多くの場合、看過されていることであるが、政治における専門家の地位は第二儀的なものだということを忘れてはならない。第一義的に問題となるのは社会的目的の設定であり、こては専門家の出る幕ではない。目的が定められてはじめて、その達成のための適当な手段の決定が問題となり、専門家の出る幕となるのである。ドイツでは専門家の過大評価が一般的であるが、これ程近視眼的なものはない。政治的理性を捨てて専門的技術的問題にすべてを委ねる態度こそ自治権喪失に至る確実な途であり、これこそいつの時代にも専制制の最も強力なイデオロギーをなすものであった。専門家を専らにもてはやす人々は、専門家間に頻繁に対立が生ずることを忘れている。技術的・自然科学的領域においてさえ対立が生じるのであるから、社会技術の領域においては猶更である。この対立に決着をつけうる者は非専門家、即ち政治家を措いてない。目的の決定、目標の設定、特に究極的社会目標の樹立の如きは専門家的考慮の埒外にあり、職能組織の如きも自ら必要な決定をなす能力をもたない。利害対立や権力問題は妥協か命令かによって民主的にあるいは専制的に解決されうるのみである。職能組織や専門家は決定機関ではなく、助言機関たりうるのみである。従って彼等は議会に対しても独裁者に対しても同様に助言を与えうる。

 確かに仮に「何が社会的正義か、善か、最善か」という問いに対し、万人に直接明証的に解答が示され、従って絶対的・客観的妥当性をもって万人を直接拘束しうるような解答が与えられうるとすれば、民主制は全然成立しえない。不可疑の正当性をもつ基準について投票し多数決に附することに何の意味があろうか。絶対善の恩恵を蒙る者は、その絶対善の権威に対し、有難く無限の服従を捧げる以外に何をなしえようか。しかし一体こういう仕方で社会秩序の最善の内容への問いに答えることが可能であろうか。そもそも人間的認識は絶対的価値に到達しうるものであろうか。人間精神は幾千年来この問いに悩みつづけたが、空しかったではないか。絶対的価値の存在を信ずる者、自己自身乃至他の何人かがこの価値を占有していると考える者、その者のみが民主制を断罪し、自己の意思を万人に強制し、実力をもってしても自己の信念を他者に押しつける権利を唱えうるのである。それに対し人間的認識の到達しうるのは相対的価値のみであることを知る者は、その価値の実現必須の法制を正当化する条件として、万人の合意ではないにせよ(そんなことは無政府状態をもたらすものだから不可能だ)、なお少なくともかかる強制秩序の適用対象をなす人々の過半数の合意を求めざるをえない。これが国家秩序の内容をなす一般意思(volonté générale)とこの秩序に服する諸個人の意思たる全員の意思(volonté de tous)の間の相違を最少にすることによって、自由を最大にしようとする民主制の原則である。

 この自由は民主制以外の政治体制において、特に独裁制においては回復不可能なまでに失われてしまう。それが社会主義的独裁であろうと、民族主義的独裁であろうと。歴史の各頁は、自律という政治的自由が失われるところでは、必然的に精神的自由が消失することを教えている。ここで精神の自由とは、学問の自由、倫理的・芸術的・宗教的信条の自由を意味する。現在反民主制の旗を振っている知識人たちは、自分の乗っている枝を鋸で挽いているのだ。彼等が求めている独裁制が現実のものとなり、彼等がそのもとで生活せざるえなくなったならば、彼等は独裁制を呪い、かつてかくも誹謗した民主制への復帰を希求するであろう。


  四

 最後に考察さるべきは、ボルシェヴィストやファシストでなく、他ならぬ民主主義者によってなされる次のような民主制批判である。

 「民主制はその敵よりの攻撃に対し最も脆弱な政体である。民主制はその最悪の敵さえもその乳房で養わざるをえないという悲劇的宿命を負っている。民主制が自己に忠実であろうとすれば、民主制絶滅運動をも容認し、それに他の政治的立場と同様の発展可能性を保障せざるをえない。かくて民主制は最も民主的な方法で廃棄されるという奇妙な場景に直面する。国民が、最大の邪悪は自己の権利だと信じ込まされて、かつて自らに与えた権利の剥奪を要求するという場面に。この場景を眼にするとき、我々はかのルソーの悲観的な言葉に思いあたるであろう。即ち『このように完全な国家は人間には立派すぎる。神々の国のみが民主的統治を永続させうるであろう』という言葉に。」

 こうなると「その際民主制の理論的擁護を止めるべきか。民主制はもはやそれを欲しない民衆の反抗に抗し、まさしく民主制破壊の意思において結集した多数者に抗しても擁護さるべきなのか」という問いも生じてこよう。こういう問題設定自体が否と答えることと同じである。多数の意思に抗し暴力にさえ訴えて主張される民主主義はもはや民主主義ではない。民衆の支配が民衆の反対に抗して存立しうる筈がないし、そのようなことは試みるべきでもない。民主主義者は身を忌むべき矛盾に身を委ね、民主制救済のために独裁を求めるべきではない。船が沈没してもなおその旗への忠実を守るべきである。自由の理念は破壊不可能なものであり、それは深く沈めば沈むほどやがて一層の情熱をもって再生するであろうという希望のみを胸に抱きつつ、海底に沈み行くのである。

(長尾龍一訳、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、UP選書、1974年、所収、pp. 246-255より全文を転載)

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1条が9条改悪を阻止する。かも。 [憲法改悪阻止]

参議院選挙後、しかも東京都知事選挙の告示直前に、非常に重要な”事件”が起きました。事件という性格のものでないのでしょうが、天皇の退位問題です。

https://twitter.com/ishikawayuichir/status/753562848270266368

仏ルモンド紙も天皇「生前退位」問題を報じる。日本のメディアと違い、直前の参院選での与党大勝や自民改憲案と関連づけ、安倍首相と違って現天皇(と徳仁皇太子)は現行憲法とその平和主義に深い愛着を持っていることにきちんと言及。さすが。

日本のマスコミもわかっていても、ルモンドのように書けないだけかもしれませんが、3分の2でアベが改憲のフリーハンドを得たその直後に、まさにストップをかけるタイミングで出てきたのが「生前退位論」です。皇室典範が改正されれば、年齢から考えてすぐにでも実現しそうな問題です。

柄谷 行人 (著) 憲法の無意識 (岩波新書) は、一回通読してあと要所要所読んではいるのですが、やはり難解ですね。

https://www.amazon.co.jp/%E6%86%B2%E6%B3%95%E3%81%AE%E7%84%A1%E6%84%8F%E8%AD%98-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4004316006

比例区は、国民怒りの声代表「小林節」氏に投票してください。第3号
http://ryukei-rondan.blog.so-net.ne.jp/2016-06-24
で取り上げたのは、主に9条の問題ですが、柄谷さんの発想は、1条と9条は密接不可分だと言う。

 次のブログのように書ければいいのですが、今は重要な探し物をしてる最中につきお借りします。いや引用させていただきます。

柄谷行人「憲法の無意識」憲法1条のために9条が出来た!
http://gonji.at.webry.info/201605/article_1.html

憲法1条(象徴天皇制)が真に定着したと言えるのは1998年昭和天皇が逝去した後だった。憲法9条が焦点になったのは1991年湾岸戦争が始まって以降だった。その前に、当時の宰相吉田茂の再軍備などは「愚の骨頂」、「痴人の夢」という言葉は重い。

こちらはけっこう本格的。

憲法の第9条と第1~8条の相互関係に触れてこなかった議論の不思議
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1058425472.html

どこを引用しようかと迷ってしまってパスしますと思ったけど、柄谷さんの引用部分だけ使わせていただきます。

 ◇-5「徳川時代には,成文法ではないけれども,憲法(国制)がありました。その一つは,軍事力の放棄です。それによって,後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクス・トクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは,ある意味で9条の先行形態です」。

 「もうひとつ,徳川は天皇を丁重にまつりあげて,政治から分離してしまった。これは憲法1条,象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後,70年あまり,日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが,戦後,徳川の『国制』が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。その意味では,日本の伝統的な『文化』ですね」。

 ◆-6 9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇,皇后は率先して9条を支持しているようにみえます。

 さすがに社会科学者だけあって、柄谷さんの見解にいろいろと批判を浴びせておられますが、その点は、いずれよく読ませていただくとして、天皇と戦争放棄を分離した改憲論議はできないという主張は、あちこち見られます。
こちらは甘木さんの柄谷さんへの賛意。
http://xn--gmq27weklgmp.com/2016/06/14/post-4724/

 「9条を守ることが1条を守る」とすれば、1条を守ることで9条も守れるから、今の生前退位論から1条を守っていくことで、9条改悪、自民草案は全体の改悪であるからこれを阻止できるのではないか?
というのが私の浅知恵です。
 まだ深くは考えておりませんが、連休中にとっかかりだけ書いてみました。続きはいつになるかわかりませんが、気長にお待ちください。
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党名「国民の声」での復活の日を心待ちしています。 [憲法改悪阻止]

昨夜のうちに小林節氏が重大な決断をされたようで、そのメモとツイッターを紹介します。

https://twitter.com/SetsuKobayashi/status/753605285839638528

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 政治の立場での再チャレンジを希望したいところですが、この志を継承する政治家が現れて、一日も早い「国民の声」としての再出発を願っております。

 ”怒り”が抜けた「国民の声」という党名にすごい希望を感じます。いままでありそうでなかった。しかし、今はアベ政治への怒りを忘れてはなりません。今回、関わったことを私も誇りに思っております。

非常に手短ですが、今後も憲法学者としての小林節氏に獅子奮迅のご活躍をお願いし、「国民の声」を指導してくれるものと信じております。
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参議院選挙を終えて [憲法改悪阻止]

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候補の皆さん、スタッフのみなさん、ボランティアのみなさんそして投票していただいたすべてのみなさんに感謝いたします。100%の開票で466,706人の同志ができたことを誇りに思います。

戦争法廃止どころか、改憲勢力3分の2を許してしまい、ずばり改悪阻止のための運動が必要になってしまいました。いくらか終盤危機バネがはたらくかと思ったのですが、さにあらず、今回もまた事前調査のとおりになってしまいました。
 なんとかならんのかね、と思うのですが、決まったものは仕方がない。

代表小林節先生が「闘争継続宣言」を前日にしております。
https://www.youtube.com/watch?v=U2xHxg35ZP4&feature=youtu.be
この人は結果はどうあれ、やり抜く人です。運動の形態がどういうものになるかはわかりませんが、「闘争」である以上生ぬるいことにはならないでしょう。

物理的にはすぐに動けないでしょうが、しっかり充電して捲土重来に向けて頑張りましょう。

ここで都道府県別がわかります。得票率ではありますが
http://www.asahi.com/senkyo/senkyo2016/bunseki/
県別.png
こちらが東京で、東京新聞の事前予測がかなり低かったのからすると、けっこう終盤延ばしたことがわかります。
県別東京.png
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